より早く、そしてより長く論文が読まれるために:Springer Nature パイロットプロジェクト経験者インタビュー(システム情報学研究科・倉橋太志先生)
本インタビューは、Springer Nature社とのパイロットプロジェクト契約を利用して論文をオープンアクセス(OA)にされた先生方に本プロジェクトを利用した経緯や利用しての感想をお伺いしたものです。
倉橋先生(Webサイト / Kernel )は、2023年度に本プロジェクトを利用して下記の論文をOA出版されています。
・Some Observations on the FGH Theorem
https://doi.org/10.1007/s11225-023-10045-6
・The fixed point and the Craig interpolation properties for sublogics of IL
https://doi.org/10.1007/s00153-023-00882-6
インタビュー実施日:2023年12月8日(金)
- 実際にSpringerのプロジェクトを利用してOA出版された先生に色々お伺いしたいということで、今回インタビューの場を設けさせていただきました。
早速ですが、論文をOA出版される際に本プロジェクトを利用されていますが、本プロジェクトを知られたきっかけは何だったのでしょう? - たしか教員の会議で紹介されていて、それで最初に知ったはずです。2回ぐらいは報告事項として紹介されていたので「そういうのがあるんや」みたいな感じでしたね。
- もともと本プロジェクトの存在をご存じだったからこそ投稿先を選ばれた、ということはありますか?また、出版された論文はもともとOA出版の予定だったんでしょうか?
- 査読に年単位で時間がかかるので1本目の論文を投稿したのは3年ほど前で、ちょうど今年度の初めに受理されて、そのとき図書館から連絡をいただいたので、であれば利用しようかなというところでした。
OA出版については、OAにするための費用が高く、なかなか手が出しにくいなと思っていたので、あんまり考えていませんでした。 - では費用負担が10万円だからということで使っていただけたんですね。ありがとうございます。
OA出版するにあたって図書館とのやり取りをメールで何度かさせていただきましたが、煩雑だなと思われたことはありましたか?これまでと比べて手間や処理が増えるということになっていないか懸念があったのですが。 - いえ、まったくないです。たしかにちょっと通常のプロセスとは違ったと思いますが、OAにする・しないということを決めてからは、こちらはわりと何もすることがなく進めていただいた記憶があります。
- 少し話は変わりますが、先生のご専門は数学というか不完全性定理ですが、分野の特性として査読に長い時間がかかるなど、工学や医学などに比べると論文発表に1分1秒を争う!といったような感覚はあまり強くないんでしょうか?
- あまり比較したことはないですが、さっきも言ったように査読に3年かかったりということもありますし、例えば数学だと50年前の論文を引用することなどが普通にありえて、研究の息が長いというか、そういう面はあると思います。
- そのような状況のなかでOA出版を選択された理由というのは何があるでしょうか?また数学分野だとプレプリントサーバなどにも結構論文を載せていらっしゃるようにも思いますが、そのあたりも踏まえてお答えいただければと思います。
- OA出版を選択した理由は、その方がたくさん読んでもらえるからですね。またプレプリントサーバは世の中に最初に研究を出すということは担保されているのですが、やっぱり最初にプレプリントで出した版と実際出版される版だと内容も微妙に違いますし、やっぱり一番正確な内容は実際の論文ということになりますので、著者としては実際の論文の方を読んでもらいたいという気持ちがあります。なので、やっぱりそれがOAになっていたらうれしいですね。
- では予算的な制約がなければ、先生としてはできるだけ論文をOAで出版したいということでしょうか?
- 基本的にはそうですね。OA出版するメリットとして、早く読んでいただけるというのもそうですが、これからもずっと読んでいただけるということがあると思います。
- OA出版するために必要なAPCは平均約40万円ほどと高額ですが、本プロジェクトを利用してSpringer社のジャーナル(ハイブリッドOA誌)からOA出版する場合には一律10万円を先生方にご負担いただいております。10万円という金額に対する率直な感想をお聞かせいただけますか?
- 普段の生活で考えると10万円は高いと思うんですけど、実際のOAに必要な費用と比べたらかなり安いなという印象ですね。また今回10万円を捻出できた経緯として、コロナ禍で科研費が出張のために使用できず、昨年度の科研費が繰り越しされているという状況がありました。その科研費をできる限り有効活用したいな、と考えたときに、OA出版のための費用として使えば、学会発表で皆さんに知ってもらうという代わりに十分なるんじゃないかと。出張の2回分ぐらいの額と考えると、それ以上か同等の効果はあるかなという気持ちです。
- ちょうどタイミング的に使える予算があったということも、今回OA出版を選択いただいた理由のひとつということですね。
先生は本プロジェクトで論文を既に2本OA出版されています。複数の論文を今年1年でOA出版されている先生はまだ少ないので、活用いただけてありがたく思っています。 - ちょうど今年度の初めにアクセプトの連絡が2本来たのと、1回OA出版してみて良かったなと思って2回目もOA出版を選択しました。良かったなというのは、OAにしてまだ1年も経っていないので、OAにしたことの反響が引用などの形であったということではなくて、SNSで研究成果を報告するためのアカウントを持っていて、毎回論文を出版したら「論文出しました」みたいな形で発信しているんですが、OA出版した論文はいつもよりちょっと見てもらえた数が多かった気はします。そういうこともあって2本目もOA出版してみようかなという気になりました。
- 先生ご自身が読みたい論文がOAになっていて良かったと思われたご経験などあればお聞かせいただけますか?
- 神戸大学ではわりと広くジャーナルを購読しているので、あんまりOAじゃないと読めないってことはないんですけど、やっぱりマイナーな論文誌の「あ、これ読めへんな」と思っていたもので「OAになってるやん」みたいなことは実際にありましたね。
あと前任が高専だったんですけど、高専だとアクセスできない雑誌も結構あったので、その当時は論文がOAになっているとかなりありがたかった、っていうことはありました。 - 来年以降も本プロジェクトは続いていきますし、新しい出版社と同じようなプロジェクトを始めていくこともあるかと思うんですけれど、これからも使っていただけそうですか?
- やっぱり安くはないので、状況によりますけど、前向きには考えたいと思います。あとはその論文が結構売りに出したい論文かどうかもちょっと関係してくるかもしれないですね。
多分、全部無料でオープンにできるとかだったら、自分だけでなく他の先生方も利用されると思うんですけど……。そうですね、そこもやっぱり金額との兼ね合いかもしれないですけど。そういう状況であれば、利用させていただくこともあるかなとは思います。 - 倉橋先生からご覧になって、この契約はこれから他の先生方にも使っていただけそうな仕組みだと思われますか?
- 結構争奪戦になるかなっていうふうには思ってはいたんですけど。やっぱり皆さん予算がなかなか……。様子見って感じなんですかね?
- そうかもしれないですね。あるいは先生のおっしゃるように、やっぱり値段がネックになっていらっしゃるのかなっていうところはありますね。
倉橋先生は本プロジェクト以外でAPCを支払ってOA出版された経験はおありなんでしょうか? - いや、ないです。これが初めてです。
- ではこれからどういう反響がくるか、といった感じですね。ダウンロード回数や引用された回数なども可視化されることが多いですが、そのあたりはOAにしてどうなると思われますか?
- もしかしたらOA出版した論文の方がそのあたりの数値が増えそうな印象はあります。それが実際に研究の加速という意味でどれだけ役割を担ってくれるかっていうところまで考えると、ちょっと分かんないですけれども。
まあ広く知ってもらえるって意味ではある程度アクセスしやすい方がいいと思うので。実際に目に見えてどれだけ効果があるかっていうのは、10年くらい経ってみないと分からない。それぐらいの分野ではあるので。10年経ってみるとOAにした論文の方が引用回数が多いな、みたいなのはあるかもしれないですね。それぐらい長い目で見て、うまく、いい感じに認めてもらえたらいいなという感じです。 - ずばり、他の先生方にも利用していただけるようおすすめいただけますか?
- そんなに手間のかかるものではないですし、予算がうまくあえば、結構競争になるのかな?と思うぐらいだったので、個人的にはいいシステムだなとは思っています。科研費とかでも、科研費で後援されている研究については、OAにすることを推奨されてたりするんですけど、その意味では科研費の使い方としてもあってるかなというふうに思います。
- 先ほどの、学会への出張費と比較しての費用対効果のお話にも繋がりますね。本日はありがとうございました。
[インタビュアー:荒川・有馬・伊藤]