浄土寺縁起


浄土寺は重源が建立した寺院で、寺院の周囲には東大寺の荘園で重源が開発した大部荘が広がっていました。浄土寺縁起は、この寺院の沿革を述べた縁起で、応安5年(1372)に成立したものを慶長19年(1614)に筆写したものです。
縁起は大きく四つの部分に分かれています。最初の部分は重源の生涯について記され、二番目の部分は「浄土寺縁起」と題し、浄土寺創建の次第や、寺院の講堂、什物などの規模、できた年代などが記されています。三番目が重源に従って寺院や荘園の経営にあたった観阿について書いています。最後が浄土寺の主要な出来事を列記した年表上の部分で、この部分は後世に追記されたものです。
浄土寺縁起は、重源や浄土寺、大部荘を考察する上での基本史料として古くから有名で、これまで兵庫県史、小野市史の資料編などにも掲載され、多くの研究にも引用されています。その内容は、縁起という性格もあり、そのまますべてを史実とするわけにはいきませんが、ほかの史料には見られない情報が多く含まれており、鎌倉初期の兵庫県の歴史を考える上で非常に貴重な資料といえます。

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