播磨国飾東郡・印南郡文書解題
地域
印南・飾東郡は今の兵庫県加古川市から姫路市にかけて隣接した地域である。印南郡は現在の行政区画で示すと、加古川市の北部と高砂市の大部分、姫路市南東部の一部を占める。飾東郡は古代の飾磨郡が東西に分離して成立したもので、今の姫路市にあたる。
文書群
飾東郡印南郡文書は全77点で、すべてが土地の所有に関するものであり、明治初期の実地丈量の取調べや地価の取調べに関する文書(帳面)がある。特に八重畑村の実地丈量反別取調野帳が字ごとに記されており、土地の形・持ち主・土地用途・面積などが記されているなど、明治時代初期の飾東・印南郡の土地所有のあり方が詳しく示されている。年代が記載されている範囲では、明治6年(1873年)4月から大正10年(1921年)9月までのものが残っており、また、税制の改正につき新たに作成されているものもあり、税制の改正によってその土地がどのような影響を受けたのかがわかる史料でもある。
また、飾東郡印南郡文書は、飾東郡・印南郡の全域に関する文書ではない。印南郡の村は大釜・北野新村・清住新村などが多く現れる。これらの村は、もとは印南郡であったが、明治22年(1889年)に飾東郡に編入されたこともあり、飾東郡・印南郡文書として残ったものと思われるが、本文書群の出自や伝来経緯などは不明である。
(神戸大学大学院人文学研究科 山本康司)